※完全妄想
※ほんのり郭賈
みじかめ

おれとくでしかない

高枝切りばさみがない。
きちんと倉庫に置いておいたはずなのにない。
あれは俺のお気に入りだ、なんてったって背があまりない俺にとっては高い位置にある枝を切れるんだ。
しかもお安く5980円、お得な替え刃が三点セット。

「…やれやれ」

今日中には学園中の植木を整えようと思っていただけに、やる気半減だ、全く。
どうやら植木より、先に楽なトイレ掃除から片付けた方が良さそうだ。




賈クは高等学校の用務員である。
学校、と一言で片付けるには広すぎる敷地内には、一つの学校だけではなくいくつかの学校に分かれて校舎が並んでいる。
ひっくるめた総称は三國共同教育施設と言う。
あらゆる優等生達が通う鳳凰学園、スポーツに特化した生徒が多い陽虎学園、生徒の就職を目指す方針の大徳工業。
以上の三つであった。
しかし、最近になって天命館という新しい校舎が建てられ、賈クの仕事が一学校分多くなった。
大徳工業にもう一人用務員がいるが、賈クよりかは年を召しているので賈クが主に全校の雑務を引き受けている。
なんせ校舎が四つもあるので、トイレ掃除と一口に言ってもそれなりに時間がかかる。
賈クはデッキブラシ、その他洗剤やたわしをバケツに入れて倉庫から出た。
今は午前10時、生徒達は授業中。
早ければ11時には片付くかな、と大まかに計算して、人がいない通路を歩く。
生徒達は授業中で出歩いてはいないが、確かに校舎には大人数の気配がする。
なんだかむず痒い。

「賈クー、おーい」
「おや、これは夏侯淵先生。今日はお早い出勤ですな」

体格がよい、というよりは少々肥満気味の体を揺らしながら近付いてくるこの男の名は夏侯淵という。
鳳凰学園に属してはいるが、手が足りなければ他の学校でも授業をしている。
簡素な木で出来たスリッパをカラコロ鳴らしながら笑顔を絶やさず歩く夏侯淵は、同じ教師の従兄弟より生徒からの人気が高い。

「今日はなんか知らねえけど全校授業はいってっからさー。今は休憩なわけ」
「左様で。では」
「ちょっちょっ、まあ待てって」
「何か」
「また後で行くからよ、あれ作っといてくれや。なっ」
「働かざる者食うべからず。ちゃんと仕事したらね」
「あいあい」

人懐っこい笑顔を見せてすれ違いざまに賈クの肩を叩き、そのまま通り過ぎて行く。
あの方向は鳳凰学園だから、職員室にでも戻るのだろう。
上手くはない鼻歌を背中で聞きながら、賈クは今度こそトイレ掃除をすべく一番端にある校舎、天命館に向かった。



何でこうも俺ばかり構いたがるんだ。
天命館は夏侯淵先生の息子…夏侯覇だったか。
あの子犬のような生徒と常時顔色の悪い郭淮先生が二人一緒に必ず来て、後で行くから、といちいち絡んでくる。
そんなの、言われなくったってわかっているのに、律儀な奴、いや、暇な奴ばかりだ、全く。
他にもいろんな奴に話しかけられて、結局もう12時近い。
溜め息が止まる気がしないな。
まあ、いい。
使った物をさっさと片付けて、用務員室に戻らなければ。
毎日来る客のために、湯を沸かしておかないと。
ああ、こんな思考になってしまっているのも頻繁に出入りするお客さんのせいだ、俺は悪くない。

「…あ？」

何でここに高枝切りばさみが。
さっきは確かになかったはずだが。
きちんとあるべき場所に立てかけて、傍らには替え刃もちゃんとある。
まさか、俺が見逃していたのか？
いや、用具庫に毎日来ている俺がそんな筈はない。

「…んー、こいつは奇っ怪だ」

まあ、こんなしょうもない事をする奴なんてわかっちゃいるがね。
やれやれ、また溜め息が出てしまった。



用務員室の引き戸をがら、と開けると、既に火にかけられているケトルが白い蒸気を噴いていた。
それを熱していたガスを止め、テーブルの横にあるソファーを見ると、やはり。
窓から差す光で薄い色の髪が、金に近い輝きを放っている。
伏せられた睫毛も同じ色で、瞼はまだ開く気配がない。
白い肌は、一見病によるものだと考えてしまう。
安らかな寝息をたてる生徒の傍らに腰を下ろし、輝く髪を手のひらで撫でると睫毛が少しだけ動いた。
それでも起きる様子はない。

「…懲りないね、お前も」

意識せずにそう呟くと、寝ている生徒の口元が緩く弧を描いた。


（確信犯ですもの）





ホットケーキだせなくてギギギ
次こそは…